怒っている人と気持ちを聴きあう
集団に馴染めなくて傷ついた子が怒ってしまった時、周りの大人にできることはなんだろうか?を考えてみました。モクシャの反省会(書き起こし)
こんばんは。
やまぴーです。
今日はですね、保育活動中にあったことをちょっと反省してみたいなって思ってます。
河川敷で(略)色鬼っていうのをやってたんですね。
色鬼は鬼が色を決めたら追いかけられる子ども達はその色を探すんですね。探してその色があったらセーフというか、タッチされても鬼にならない。色を探せてない子がいたら鬼がその子をタッチしたら次の鬼になるというようなルールですね。
そこに年長さんの男の子がいて……
その男の子がいろいろあってですね、保育園とかやめてある幼稚園に入ったんですけども、うまくいかなくて合わなかったんですね。
(今は幼稚園に行かず)お母さんが見てるんですけども、ちょっと傷ついたっていうんですかね、やっぱり(ココロに何か)あるのかなと思ってるんですけど。
(幼稚園に行かなくなって)半年ぐらいは経ってるんですが、たくさんいる子どもたちのところでは(うまく)遊べないという状況が起きてはいるみたいで、
集団での遊びがうまく馴染めないっていうことが起きてるっていう風に(お母さんと)会うたびにそんな話にもなったりとか、あとなかなかねっていう、うまくたくさんの子と交わる難しさを感じてたりするんですけども。
なので色鬼自体もあまりしたことがなかったですね。
何回かね、一緒にやっていくうちにちょっとずつこういうルールかなーって分かってきたみたいなところがあったんですけども、そこで今日は、鬼やりたいって言って色を決めて、そこまでは楽しそうにやってて、(次に)やまぴーが鬼になって。(その時)やまぴーは難しい色を言っちゃったんですね。
難しい色を探してみんなが『わー』ってなってるところに(僕が)その男の子にタッチして、(そのほかの)違う子も(タッチしようと)探してってやってたら、彼は自分が多分ルールがあまり苦手っていうか、わかってなかったのかなっていうことがあったのか、すごく僕に対して怒ったんですね。
靴を投げ蹴飛ばすみたいな感じで、スリッパを投げ飛ばしたりとかして。
で、お母さんがいたんでちょっとそれはやめようよ怖いわっていう話になったんですけど。(その場は収まったのです)
次、テレビでね、あるコメディって言うんですかね、あれの真似みたいな遊びだったんですね。
押すな押すなって言ったら押すみたいなね。
男の子が押す、女の子が押すみたいな子ども達が大人押すんですけど、押そうと何度か押してたんですね。
キャーキャー騒いで楽しそうにやってたんですけど、先ほどのその男の子が押そうと思ったらその前にいた女の子が先にすっと押してっちゃったんですね。
そしたらちょっと取り残された感のあったその男の子の方がこうふっとフェイントされちゃったみたいな感じで地面にバタッと足から倒れちゃった。手をついて倒れちゃった。
痛かったんでしょうね。
起き上がった時には怒ってて、石をその前にいた女の子に投げ始めたっていうのがあって。
どうして怒ってるのっていう感じでみんながね、ちょっとっていう感じで止めていくんですけど、本当に本気でかなり目が真剣に怒ってたですね。
お母さんはそばにいたんですけども、石は危ないよ、痛いよ、って言って止めに入って。
で、ちょっとこう脇に寄せたんですね。
僕もちょっとびっくりしてどうしたらいいのかなっていう感じで戸惑ってしまったんですけども。
なんかまあ他の子もちょっとよくわかんないままケイドロしようよとか、なんかいや帰ろうよ、みたいな声になって。
で、その怒ってる彼に対してはまあ何ができるわけでもなくっていう感じでみんながこう流れようとしたので、ちょっと良くないなと思って、今あったのどうだったっけっていう話をしたんですね。
女の子の方は
『後ろから男の子が来てたの分かってた?』って聞いたら
『うん知らなかった』
『怒ってるのは何でかわかる』って聞いたら
『わからない』って言ってたんですね。
僕から見てると、(その男の子の気持ちとしては)やっぱ押そうと思ってたらいなくなっちゃったっていうことと、その痛みっていうものに対する恥ずかしさとか、怖かったっていうのとか、いっぱいいろんな感情は多分渦巻いたんだろうなと思って。
そのやりきれない気持ちをぶつけるのにその前の女の子にぶつけ始めたのかなっていうふうに思ったんですね。
まあその辺をね、その瞬間には分からなかったんですけども後からそういう風に思ったんですね。
女の子と一緒にちょっと1回の男の子の方へ行こうかって言って、で来てくれるって言って頼んで来てもらって。
お母さんと話ししている彼のとこまで行ったんですけども彼はまだやっぱ怒ってて石を小さな石ですけどちょっとぶつける感じもあるんだけど、ちょっとやめてって言って止めに入る部分もあったから、もうやっぱり投げる振りっていうんですかね、こういうちょこっと投げるみたいな感じで怒ってたんですね。
主観的感覚、感情を聴く、伝えることの大切さ
当然そういう時に叱るって言うんですかね、怒るとか正しいことを教えていく本当にこう教えたいという気持ちは本当に僕自身もやっぱり出てしまうし前に出ちゃう。
で、こういうのを言い換えた方がいいよっていうのはカウンセリングだったりとか心理学の世界では言うんですね。
「あなた」がこうしたのはっていう、「あなた」がって言ってるのっていうのは言われる本人にとってみたら、なんていうんですかね、非難されてるっていうか私のことは認めてもらってないっていう風に聞こえるんですよね。
「あなた」がこうだったのはこうなんでしょっていう、これ客観的な意見ですね。
あなたがこうって言ってる本人からすると、その「正しい」ことを言っている。
カール•ロジャースというねカウンセリングの神様って言われる人がいるんですけども、カール•ロジャースさんにしてもそのお弟子さんのトマス•ゴードンさんですよね『親業』っていうのを唱えた方がいらっしゃるんですけども、そこからいろんなところで言われてるんですけど私『I(アイ)』メッセージに変えましょうっていう風に言うんですね。
あなたがこうだったからではなくて私は見ていて怖かったよとか、私は石を投げるとちょっと怖いと思うんだよね。
まあ日本語だと私はって言わないかもしれないですけども、私は、お母さんからしたらちょっと石を投げるとちょっと痛そうだから怪我しそうだから怖いと思うんだよね。
怪我するでしょ、あなたがそうすると怪我をするんですっていう客観的な事実ではなくて、主観的な気持ちに変えちゃうんですね。
そうすると(言われた本人からすると)そのお母さんから見ればそう思うんだ、っていうふうに捉える。
自分から見るとそうではないんだけどねっていう少しなんて言うんですかね、考えるゆとりって言うんですかね、そこが生まれるので、私メッセージに変えていくとどうなっていくか。
とても落ち着いてくるって言うんですかね。
怒っているときは怒っていることを認める、受容する
あともう一つは怒っちゃってるっていう時っていうのは理性は働かないんですよね。
怒ってるっていうのは危険だっていうのを察知してる状態で、怒っちゃってる時って理屈じゃもう効かないんですよ。
怒ってるのはもう怒るしかないんですよね。
じゃあどうしていくかって、その怒るって気持ちは怒ってるよねって認めてもらえる人がいるかどうかっていうところがすごく大事だなっていうのは思っていて、それはカール•ロジャースさんが言う共感する(ということ)。
それから無条件に受け入れる受容するってことですね。
そこを怒ってる子に対して第三者がやっていけるかどうか。
だからさっきの例で言うと今日は僕はできたなと思って、まあできなかった部分もたくさんあるんですけども、どうだったのって気持ちを聞きたいんですよね。
気持ちがうまく言えないときには、第三者が確認しながら代弁してみる
でも彼はうまくその自分の気持ちを言葉にするのが今なかなか難しいという状況なので、すごくさっき嫌だったんだよねっていう話を、
彼の言葉がこんなのかな、っていう感じで聞いてみたんですよね。
押そうと思ったら前の女の子がいなくなっちゃったのでそして転んじゃったと。
その時にその女の子のせいで自分が転んじゃったっていうふうに思って嫌だったんだよね。
転んじゃったのがとか押せなかったのが嫌だったんじゃないと思って見えたんだけど、っていう風に聞いてみたんですね。
そうかなって。
でも彼はうんとも、ううんとも言わなかったんですけども、僕から見ると明らかにその目がなんですかね、怒りで燃えていた目っていうのがスーッとゆるくなったなっていうふうに
思って見えました。
で、実際こうやって石をちょっとずつこう投げてたんですけどその石がだんだん近くなって石もあまり拾わなくなって。
まあなんかちょっと待って聞こうとしたんですよね。
彼の気持ちはどうなのかなって、嫌だったのかなって、やっぱり嫌だったよね。
そうなんじゃないって聞いてみたんですね。
彼は黙ったままだったですね。
僕すごくその時に嬉しかったのは、一緒にいてくれたお母さんっていうのが、僕が言ったらちょっと横から介入しちゃったんですけども、そこに対してじっと黙って聞いてくれていたのがすごくありがたかったなぁと思って。
よくねやっぱり子どもの気持ちをもう一個代弁してお母さんが言っちゃう場合もあるんです。
僕との対話を今している時にそのお母さんが代弁してしまったりすると彼はなんか言おうとしてるっていうところちょっと気力をそいじゃうところがあって、それ言わないで聞いてくれてたなーっていう。
お父さんも近くにいたんですね。
でもそのお父さんも言わないで聞いてくってくれたっていうのがすごくありがたくて、僕との対話をちょっと大事にしてくれた。
周りにね、その女の子も連れてきてて、彼女は後ろからその彼が男の子が来てるの見えてなかったんだよねって、知らなかったみたいなんだよ。
だからどうして怒ってるのかもわからなかったみたいだよっていうふうに彼女の言ってたことを代弁してその彼女の気持ちを聞いて、他の人の気持ちはどうだったのかっていう聞くことってすごく『あっそうなのか』っていう発見があるのと自分で思い込んでる時があるので俺こういじめようと思ってしたんじゃないかとかね、思い込んでしまうとやっぱそこから逃れられないっていうのある。
他の人の気持ちを聞くっていう意味では誰かが絡んでる時はその子の気持ちはこうだったみたいだよって言って通訳するってあるいは交通整理するっていうんですかね。
こっち行こうと思ってた、あっちからがこっち行こうとしてた、なんか別に90度全くこう違う方向を向いてた時にやっぱり同じ方向向いてなかったんだなっていうわかるとかあるいは全く真正面にぶつかってきたっていう風に意図してたっていうんではないとかね。
そういうのがわかるだけでもそういう過去があったんだっていうことでなんか自分の気持ちがすごい楽になってくる。
そういうのを目指して女の子を連れてきたんですけど、女の子連れてきたっていうことでみんなが他の子もワーってぞろぞろって寄ってきたんですよね。
寄ってくるんだけど別に干渉するわけでもなく何か違う遊びをしてるんですけども、なんとなくみんなでこう1人にしてるわけじゃないんだよっていう雰囲気はちょっとできた。
まあその話を聞かれたくないっていう子も多分いると思うんですけど、たまたまなんですけどもその時は男の子は一人ぼっちじゃないんだよっていうメッセージになってたかのような気がしてその時の状況としては僕としては他の子もいながらこういう話ができてよかったんじゃないかなーって思ってますね。
最終的にまあどれぐらいかな、彼は一言も発しなかったんだけども、いろいろこっちがこういう気持ちなんじゃないかなと思ってるんだけどっていう話をしてやってて。
まあ誰が正しいとかっていう追求とか裁くっていうんですかね、そういったことは今回特に言わなかったんじゃないかなと思うんです。
まあ誰が悪いってことは言わなかったですね。
でなくてやっぱりその子の気持ちっていうのをやっぱり僕は聞きたかったな。
もし嫌な気持ちにはなったっていうのがあったら、今度また教えてねっていう風にお願いしました。
これは僕からお願いしないといけないことなんですよね。
やっぱり気持ちを話すって難しいことなんですよね。
僕自身もやっぱり気持ちを話すのはすごく苦手でしたし、お願いだから聞かせてっていうところのこちらの態度っていうのは子どもにとってみても誰にとってみても、言っていいんだな、自分の気持ちを言った方がいいんだねっていうことをやっぱりメッセージとして伝えることはすごくいいかなと思ってます。
そうすると彼の気持ちどうかなと思いながら聞いてたんで『今どうかな、もう大丈夫?』って言ったら小さく『ううん』って言ってましたけど、もう目は怒ってなかった感じがして。
『なんか今したいことある?』『ん〜』っていう感じで『わかんない』言ったらなんかね指を指したんですね。
で、芋けんぴって言ったんですよね。
食べたいんかって。
で芋けんぴを食べに行ったらもうニコニコでしたね。
なんかいい笑顔だったなあと思って。
その場で解決っていうとこまではなかなか行けない。
でもとりあえずなんて言うんですかね、怒ってそこから逃れられないっていう状況あるいは落ち込んでどうしようもないっていう逃れられない状況からは脱出できて少しこうなんですかね、楽な状態=コンフォートゾーンとかね、あとなんですかね、チャレンジゾーンとかありますけどそのあたりでこうウロウロできるんですかね。
まあ怒ってるのはレッド。怒りでね、火が燃えてて。落ち込んでるのはブルーかな。そっちへ落ちてしまう。レッドの先にはブルーがあるんですよね。
僕もよく怒った先にこうブルーがバーンと待ってるんですけど、もう自分自身なかなか気持ちをコントロールできない時があったりとかして、でもやっぱりこう誰かがこう聞いてくれると嬉しいだろうなと思って、他の人のその気持ちに寄り添っていけた自分に嬉しいなって思ったり、自分に自信を置いたり、自分で自己承認できたりしてるかなと思ってますけども。
まあそんなところでちょっと長い話になりましたけど今日の反省時間でした。
これで終わりたいと思います。
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