生きているだけでいい。そのままを認めてもらえるという安心感の中での成長
Stand.fmでラジオを始めました。木舎の活動についてやまぴーがレポートしています。今回は第4回目に行われた木舎の様子について感じたことを言葉にしてみました。
(文字起こし)
木舎ラジオのやまぴーです。
木舎の活動について色々お話していければなと思っています。
今、木舎って言いましたけども、木舎は森のようちえんと自由ながっこうを同時にプレオープンさせようとしてまして、森のようちえんの方は3歳児から。小学校の方は本当は6年生までって言いたいとこなんですけど、始まったばかりでなかなかね、メンバーも楽しめないだろうってことでちょっとね、そのメンバーが固まってくるような感じになるまで、小学校3年生ぐらいまでかなと思ってるんです。
まあ、ほぼほぼ今のところ知り合いなんで、4年生の子がいたり、5年生の子がいたりするかもしれませんけども、本当はみんなが楽しめるようにちょうどいい年代の子どもたちがねー、同じ学年が2、3人はいてくれたら 1番いいなって思ってます。
第1回目が吉井川の河川敷で始まりました。
朝もやが立ち込める中、山の上まで行くと多分、雲海が見れるんでしょうけども、川のそばですから、もう真っ白な霧の中から始まりました。
自分たちはこれからどこ行くんだろう、真っ白だなぁみたいな、寒いのかなっていう感じで。
で、そうこうしてると9時半から10時ぐらいになってくると空が明るくなってきて青空が見えるんですね。
もやがどんどんと切れてくる。
真っ青な空が上にパカーンと見えて、そして紅葉の、山々が周り取り囲んでいて川が流れている
そんな河川敷で始まりました。
(略)
今日は4回目だったですけども、 4回目のこのメンバーというのがまたこう自分の中では本当にありがたいなんていうか、もう心の底から。
この1年以上1年半繋がってくれたメンバーと、それから、うちの子供が生まれた場所でもある助産院さんがあるんですけども、その助産院さんの助産師さんとそのお子さんが来てくれまして。
うちの子は生まれたのがその4年前なんですけども、ちょうど4年前のね11月ですけれども、その時の、取り上げていただいた助産師さんが、うちの活動にわざわざ来ていただいて。
で、その方もね、何ヶ月か前にご自身のお子さんを産んだばっかり。赤子を連れてきていただいて、子供たちと遊んだわけです。
メンバーは小4の男の子が1番上で、それから小2のうちの娘と、小1の男の子と、年長さんの男の子と、それから年少の男の子と女の子の5人。
それからフリースクールで僕がスタッフを昨年度は1年間やらしていただいたんですけども、そこで一緒にスタッフやっっていたメンバーが遊びに来てくれまして。
なんかね、僕も緊張しちゃって、最初ね、もうなんかヨガやろうと思ったけど、ああ、なんか自分で気持ちが盛り上げられなくってね。
で、なんとかしなきゃとか思いながら始まっちゃって、うまく気分が乗らないまま、自己紹介しましょうか。っていうんだけど、
『えー、やまぴーです』
ぐらいしか言えなくてね、もうなんかボロボロだなとか思いながら、でも始まって。
みんなそれぞれ知り合いだったってこともあるんだろうけども、うまく遊びは始まったんですよね。
で、僕はなんかこう呼ばれて木登りがしたいってうちの娘が言って、ロープ持ってきたりとかして、そこに 勝手にブランコ作ったんですね。
ロープでね、桜の木のところでブランコを作ってみました。
男の子たちは、ちょっと離れて遊んでるなとかって見てて、なんかもう(やまぴーは)ほとんど保育してないような状態でいたんですね。
まあ、なんだろうなぁー。
子どもたちが今日本当にうまく遊んでたんですよね。
平和に。
で、驚いて感じてたことが2つあるんですけども、小1の男の子と、年長さんの男の子っていうのは基本繊細なところがある子だと僕は思っていて、小1の男の子の方はちょっと自分のやりたいことが(あって)やんちゃかなっていう(感じをしています)。
その子もうちの娘と同じく不登校だったりするんですけども学校が合わなかったのかな。
うちの娘もやっぱりちょっと合わないんですよね。
公立の小学校のなんて言うんだろうな、何か ま、彼女の場合は結構シャイな部分があるので、勉強が自分のペースでできないっていうのもあるのかな。
そんなんで行けなくなっちゃったりするんですけど、うちの場合は積極的に学校に行ってくださいとかって思ってないんで、『まあいいよいいよ』って言っちゃうんです。
うん、なんかね、まだ遊んでたらいいんじゃないの。っていう気持ちで思っちゃうんで、無理にね行かせようとしないです。
こういう親だから多分不登校になりやすいんでしょう!と、思われるかもしれませんけど、実際なりやすいです。
なりやすいと思います。
で、なりやすいっていうことをなんかこう僕はあんまり否定的に思ってなくて、幼稚園児の時にやっぱり生まれてきてありがとうじゃないですけど、いることでもう十分幸せだなと親も思えて、子どもも今生きてることが今十分幸せだし、そのことが1番大事で私がいるっていうことに肯定していける、オッケー出していけるっていうんですかね。
私が何かできるってことにオッケー出していくっていうことはその次に出てくることかなと思ってるんですけども。
小学生時代っていうのも始まりの何年間かは何かできるっていう喜びもあるんだろうけども、私がいて私がやりたいことがあって、嫌なことは嫌だって言えてっていうことが認められている。
安心のある場所っていうのがちゃんと確保されてるっていうのはすごく大事かなと思ってて、不登校になろうが
生きていてくれてありがたいなっていう風な気持ちで。
うん。
僕は見てます。
助産師さんの息子さんの方も、やっぱりこう助産師さんっていう立場からすると、やっぱりこう大変な思いして、お母さんのお腹の中から生まれてきて、これからどういう風にして育っていくかもまだわからない。
わかってるところは今ただここにいてくれてるっていう、
そこにオッケーを出していく。
今ね勉強ができなくって、
やりたくなくってって言うんだったら、
今やりたいことはなんなの?
遊びたいの?
じゃあ遊ぼうよ!
っていう感じなんじゃないかなって、僕も想像するんですけど。
まあ、気が合いますね。
そういう気持ちで見てくれてるお母さんたちとは僕も気が合うなと思ってますね。
はい。
なんか話が長くなっていくんですけども。
うん、不登校同士の親が集っている状態なわけですね。
でまぁ、繊細なところがあると。
で、その下の年長さんの男の子がいて、その男の子はどう言ったらいいんでしょうね。
フリースクールに行かせて、ところが友達にね、認めてもらえなかったっていう経験がこの春あって、親から離れられなくなっちゃったし、そのフリースクールって言うんですかね、森のようちえんって言うんですかね、行ったんだけども、本当はね、そこで学校も視野に入れてっていう(のに行けなくなってしまったのです)。
トエックに本当は行きたかったんですよね。
徳島にあるフリースクール、トエックですけども。
そこはカウンセリングベースにした学校ですね。
気持ちを認めるっていうところを大事にしていて、叱らない、褒めないっていうんですね。
トエック代表の伊勢さんが、その人の存在を認めていって、誘導したり、アドバイスしたりではなくて、その人が主体的に自分の自らの力を発揮させるっていうのに寄り添う形の教育ですけども、そういった教育を目指している。
そのトエックに行かせたかったんですね。
僕らもそうなんですけども。
行かせたかったんです。
で、そうはできなくって、僕たち自主保育を家でね、近所の子たちとやってたんですけども、そこにね、夏ぐらいから参加してくれて、子どもたち同士で遊ぶんですけどもその子どもたち同士の中での安心感っていうのがまだ得られてないっていう状況が続いてたんですよね。
だから、持ってきたおもちゃとかもやっぱり貸せなかったりとかね。
安心できないんで、貸せないですよね。
で、(親とか大人とかが)貸してあげなさいなんて言っちゃったりすると、(本人は)もうダメだっていう感じになっちゃうだろうし。
友達もね、誰かあちこちの友達がね、その子の持ってるものを気になったりとかして、こうやって、パって手に取ろうとするとダメだってなっちゃって。
そして、そのダメだって言われた方はダメって言われるのってやっぱ嫌ですから、もうあの子とは遊びたくないみたいにね、なりがちですよね。
そうすると悪循環でそんななりたくない、遊びたくないっていう友達とはその男の子も遊びたくないですよね。
そんな時にやっぱり出てくるのは大人って言うんですかね、スタッフの力がいるなとは思うんです。
いつまでもね、ダメ!嫌い!って言ったままで終わっていくのは、やっぱもったいないなって思うから、
その間で少し介入っていうか、1番大事なことはお互いどんな気持ちでいるのかがわかるってことが、大事かなと思ってます。
なので、例えば友達がね、おもちゃ使いたかったんだねっていうことを認める。
持ってた方としては使われたくなかったんだね、自分のものだからね、大事にしたかったんだよねっていうことを認めてあげる。
でも解決はしないんですけど、それですることもあるんです。
そう、お互いのね、気持ちが分かったところで急にね、じゃあちょっとだけいいよとか言ったりすることもできる子もいたり。
あるいは貸さなくてもいいよって言えるね、引いてくれる友達だったりとかする場合もあって、それでうまく空気が流れるってこともあるんですけども。
何にもならない時もあるんです。
ただ、何にもならない中でも、その子の気持ちとその相手の気持ちとお互いが聞き合うっていうんですかね。
間をとりもってですけども、大人がいてスタッフが見て、その間をとりもって気持ちを聞いてあげるっていうことが(あると)、そういうことを相手は思ってたんだねと、自分は貸したくないと思ってた。
相手は取ろうとしたんじゃなくてちょっと貸してほしいなと思ったんだなとか。
うん。
で、貸してくれって言った時に貸してくれないのは何で?あ、そうか!自分のものが取られると思っちゃったんだ。
ってわかるだけでも、そうか、それは嫌だよなって、自分に置き換えて考えることができる、っていう意味では気持ちを聞いて代弁してみたりっていう大人がいるかいないかでだいぶ違う。
それをね、貸してあげなさいとか、あるいはこれ嫌だって言ってんだから、もう諦めなさい!なんて止めちゃったり、アドバイスしちゃったり、まあ誘導しちゃったり、これなんかどうとかって別のものね、持ってきたり。
よく僕もやっちゃうんですけども、そういう風に何か解決しちゃおうなんていう風にしてもってっちゃうと、まあまあ往々にして、なかなか他の人がどうなってるかなっていう気持ちまでは気が回らなくて、あいつは嫌なやつだとかねえー、自分は嫌われちゃったんだみたいに結論づけちゃったりとかして、なかなかその後の成長に繋がらないなとかって僕は思ったりするんですね。
そんな子が集まってたんですよ、今日は。
そんな子が集まってただけれども、今日ね、そうなんですよ、繊細な子が結構多いんですけど。
なんかね、目隠し鬼をしようって言った子がいたんですねえ。
僕は直接聞いてなかったんですけども。
さあ、やってみよう。
ちょっとでできるのかなとかっていってやってみよう。
ちょっとそんな目を隠して鬼ごっこできるのって、やってみたら案外音だけで、そこはグラウンドだったんですけどね。
ざっ、ざっ、って歩く音だけでどこかに誰かがいるかわかるって言って、近寄ってタッチしようとする。
タッチしてくる、されるっていうのがね、また、面白いわけですね。
ちゃんと来ないわけですよ、真っ直ぐは。
少しずれてくる。
でも、すごい近いとこまでわかる。
そんな鬼ごっこなかなか僕もしたことなかったんですけども。
目隠し鬼ね、特にね、なんかバンダナ巻いてとかじゃなくて、目を自分でぎゅってつむってやるから、怖くなったら目を開けて見えるようにしてやる、見えるようになるんですけども。
そんなこう緩やかな目隠し鬼が非常に楽しかったんですね。
本当にずっとやってましたね。
1時間ぐらいやってたのかな。
ちょっとわかんないぐらいやってましたね。
いろんな遊びと混じりながらやってましたけども、なかなか素敵だったな。
あの光景は。
いろんな思いが今は込み上げてきますけども。
木舎のね、プレオープンの4回目で、本当にそれがたまたま来てくれた人が多いんですけども。
うん、うん。
でもまあ知っててね、今までよく集まってくれたメンバーがこうやって、本当に穏やかにね。
なんか取り合いにならずにびっくりしましたね。
おもちゃなんか持ってきてるんですけど、あんまり会ったことない友達がそれをちょっと見せてって言っても、あっ取られるって思いながらもニコニコして見せてるんですよね。
で、なんかね、1人絵描いたりしてる子にぶつかってしまったりとかしたんですけど、あの鬼ごっことね。
目隠し鬼の子らとその1人絵描いてる子がぶつかっちゃったりとかして。
で、あっ、ちょっとやばいなと思ったりしたんですよね。
ま、怪我がやばいっていうよりも、そのちょっと怒っちゃうんじゃないかなと思って、自分がやってることの邪魔されたって思うんかなと思ってたら、何もね、ニコニコしてて。
なんかね、安心して遊んでたんですよね、彼も絵描いてってね。
うん、そういう風に成長していくなっていう、関係性が成長していくっていうんですかね。
いや、なんか僕は嬉しかったな。
本当に、あの、感動して過ごしてました。
その後、今日来てくれたメンバーの自分の同じフリースクールでやってたスタッフが今日遊びに来てくれて。
彼はまさにトエックのカウンセリングワークショップっていうのに出て、 昨日帰ってきたばっかりっていう。
また、カウンセリングの話しで盛り上がるわけですよ。
うん。
かなり盛り上がって、話を聞かせてもらいました。
僕ももう本当にね、何度でもしたいカウンセリングの話なんで、彼の話を喜んで聞いてましたけども。
またね、カウンセリングワークショップの話がこのラジオでお伝えできたりしたら面白いかなと思うんですけども。
今日はそんな子どもたちの成長を見られたっていうお話をしたところで終わりたいと思います。
すごい時間、長い時間ですね、26分も話してますね。
ダラダラとすいません。
ありがとうございました。
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